C「潜輸小」型潜水艦(波101型)
昭和18年頃から、南方に点在する基地も連合軍の制空権下に墜ち、
水上艦艇での前線に対する輸送が困難になっていた。軍令部は昭和19
年2月、最前線基地への局地輸送を目的とした近距離輸送潜水艦とし
て、「潜輸小」型の建造を指令した。
基準排水量 370トン、速力水上10ノット、水中5ノットで兵装は25
mm機銃1挺のみで、主機関は製造の容易な中速 400馬力ディーゼル1
基1軸とした、潜航中の電源には当時最優秀といわれた、1号17型ま
たは1号22型蓄電池を搭載して小型艦ながら 2.3ノット/時の水中航
続力を46浬に出来た。
船型過小で航続力が少ないが、安全潜後進度を 100mを維持し、又
急速に搭載物資を揚陸する色々の装置が設けられ、搭載能力も排水量
に比べてて大きく、搭載物件60トンと割合多量である、小型潜水艦で
あるが戦訓を参考に、実戦に適応した性能を備えようとした。
建造には、全溶接構造とブロック建造方式を採り入れ、艤装は潜水
艦としては最も簡易化する事で工期を6カ月ほどに短縮し、川崎重工
と三菱神戸で急ぎ建造、6月以降に起工、11月より終戦までに10隻が
完成し、2隻が未成であり、波101−112潜と命名された。
第1艦が完成した昭和19年11月頃には、戦局がも切迫、早期完成の
幾隻かが硫黄島や父島の輸送作戦に従事したが、実際の輸送任務に使
用される機会は少なく、本土決戦に備えて若干隻は特攻兵器「蛟龍」
の母艇として、これに洋上で魚雷等を補給するように改造され、又一
部の艦は軽質油運搬用に改造工事が実施中で終戦を迎えた。
「潜輸小」型 (波101型)
波号第101 昭和19年11月25日竣工 昭和20年9月15日除籍 川崎重工で建造
波号弟102 昭和19年12月6日竣工 昭和20年9月15日除籍 川崎重工で建造
波号弟103 昭和20年2月3日竣工 昭和20年11月30日除籍 川崎重工で建造
波号弟104 昭和19年12月1日竣工 昭和20年9月15日除籍 三菱神戸で建造
波号弟105 昭和20年2月15日竣工 昭和20年11月30日除籍 川崎重工で建造
波号弟106 昭和19年12月15日竣工 昭和20年11月30日除籍 三菱神戸で建造
波号弟107 昭和20年2月7日竣工 昭和20年11月30日除籍 三菱神戸で建造
波号弟108 昭和20年5月6日竣工 昭和20年11月30日除籍 川崎重工で建造
波号弟109 昭和20年3月10日竣工 昭和20年11月30日除籍 三菱神戸で建造
波号弟110 昭和20年1月12日進水 工程95%で終戦 川崎重工で建造
波号弟111 昭和20年7月13日竣工 昭和20年11月30日除籍 三菱神戸で建造
伊号弟112 昭和20年4月15日進水 工程95%で終戦 三菱神戸で建造
川崎重工での建造は、進水までは川崎重工泉州工場で行われた。
「潜輸小」型潜水艦要目表
要目 潜輸小 型(波101型)の新造時を示す。
基準排水量 水上 370トン、 水中 493トン。
全長 44.50m、 最大幅 6.10m、吃水 4.04m。
機関 中速400型ディーゼル機関1基1軸。
出力 水上 400馬力、 水中 150馬力。
速力 水上 10.0ノット、 水中 5.00ノット。
航続距離 水上 10ノットで 3,000浬、水中2.3ノットで46浬
燃料塔載量 重油 ---t。
安全潜航深度 100m。 乗員 21名。
兵装 25mm単装機銃1基、
魚雷発射管(なし)
射出機 なし 搭載機 なし
物資搭載量 貨物 60トン
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