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日本潜水艦史

第一章 潜水艦の開発

2 潜水艦の発展

模倣、模索の時代

 当時欧州にても潜水艇の建造は盛んで、英国を始めとして仏国、独国、
伊国などが競って性能向上をはかり、各国とも独自の特徴を生かした艦を
発達させていた。わが国ではその技術導入のため、欧州各国より潜水艇の
購入を決め、自力による建造技術を学びとろうとした。
 明治42年日本海軍では、はじめに英国ヴィカース社のC型潜水艇5隻を
購入、2隻は同社で建造され汽船により輸送されてきたが、後の3隻は材
料輸送後、呉工廠で建造され明治44年に竣工した。続いてC型に改良を加
えたC型改2隻が大正6年に呉工廠で完成された。
 時、同じ頃ろC型と比較研究のため、日本独自の構想で計画された潜水
艇が、ホーランド型で経験のある川崎造船所に於いて建造され、大正元年
9月に竣工した、これが日本で初めて設計、建造した潜水艇で、川崎型潜
水艇と呼ばれた。しかし我が国の潜水艇建造技術は未だ世界の水準に及ば
ず、独自の設計を打ち切り、海外からの技術導入に頼らざるを得ない状態
であった。
 明治44年、当時評判の高かった仏国シュナイダー社にローブーフ型2隻
を発注し、1隻は大正5年に特殊運搬船により呉に輸送されてきたが残り
1隻は、仏国海軍に買収され、その代艦は後に呉工廠で建造された。本艇
は当時最新型であり、日本で初の二重殻式はその後の潜水艦建造に大いに
参考にされた。
 此のようにして順調に進められてるかに見えた潜水艦政策も、海軍部内
ではまだ多くの課題を抱えていた。それには、いまだ潜水艇に対しての認
識が薄く、その価値を認めている者が少なかったのと、当初輸入された潜
水艇があまりにも初歩的なものであったのに比べ、当時の艦隊戦闘速力が
すでに20ノットに達しており、この艦隊と行動を共にし又、敵艦船に対し
て魚雷攻撃ができるか否か大きな疑問があったことである。
 それといま一つ大きな問題は、水上艦艇に於いても進歩が早く、日露戦
争時に建造された大型主力艦も、竣工時に於いてすでに旧式艦とならざる
を得ない情況にあり、日本海軍も水上での主力艦隊に向け整備を進めてい
かなければならないのであった。そのためには内燃機、電動機、二次電池
などが今だ研究中で全てが開発途上にあり、更にトン当たり戦艦の3〜4
倍もの建造費がかかる潜水艇にその費用、技術、さらには生産設備をさく
事は到底無理だったのである。
 この事実は明治44年の海軍充実計画案で潜水艇10隻という数字からも又
その後大正5、6年迄の間に建造された潜水艇は、川崎型1隻、C型2隻
シュナイダー社のS型2隻しかないことからも知る事ができる。
 しかし欧州や米国からは、日々着々と進歩し続ける潜水艦の情報が伝え
られ、また第一次世界大戦が始まると、独国英国に於いて活躍する潜水艦
には目を見張るものがあり、その潜水艦が挙げる大きな戦果は実に驚くべ
き事ばかりであった。日本海軍に於いて使用価値が未知とされていた潜水
艦は、ヨーロッパの戦線では見事に海軍戦力として重要な地位を占め、又
適切な用法により機会を得るなら戦艦をも撃沈できるという、その秘めら
れた戦力に日本海軍当局は大きな衝撃を受けたのであった。
 而して日本海軍は、自力開発を控えていた潜水艦建造政策を基より立て
直し、艦隊と行動を共にできる艦隊型潜水艦の開発に着手、英国式L型と
共に日本海軍独自の設計による海軍式中型、いわゆる海中型及び特中型の
建造に力を注いだ。
 第一次大戦中に潜水艦の発達は著しいものがあり、技術的確立にいまだ
追いつけない日本海軍では技術導入ため、再び外国の設計による潜水艦の
建造に着手した。
 この頃、世界的優秀艦とされていた伊国のフィアット型潜水艦が川崎造
船所で建造され、大正9年より11年にかけ5隻が竣工したが、予期した結
果が得られず、この5隻で建造は打ち切られた。引き続き、英国ヴィツカ
ース社の新型であるL型の図面を購入、三菱神戸造船所で、主機であるデ
ィーゼル機関製作と共に建造された。このL型は大正9年6月に竣工した
のをはじめとし、L1型〜L4型まで、逐次改良が加えられ昭和2年までに
18隻が竣工した。
 此のようにして米国からの購入に始まり英、仏、伊国から新型艦の購入
又模倣建造により、各国の進んだ技術を習得した日本海軍は海中型、特中
型さらには海軍式大型潜水艦、通称、海大型と呼ばれる、わが国独自の大
型潜水艦建造に確信を得ていったのである。

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自立建造と軍縮

 明治末期、単殻式でガソリン機関を使用した潜水艇の技術習得に始まっ
た日本海軍は、急速に進歩する潜水艦建造技術に追いつくため、各国より
購入した潜水艦を比較検討し、それらのもつ特長を活かしながら、国産化
に努力していた。
 この頃、先進国においては、二重殻式構造にディーゼル機関を搭載した
潜水艦が普及し始めており、日本海軍もこの利点を認め直ちに仏国よりロ
ーブーフー型潜水艦を購入、近代化の研究に着手した。その結果、呉工廠
では、ローブーフー型に改良を加え、わが海軍が独力で設計、建造した海
中型と特中型が大正8年より13年にかけ22隻が竣工した。これらの後期型
に於いては性能も安定し、海軍にあっては多年沿岸用として潜水艦隊の中
核をなし、又その一部の艦は太平洋戦争の初期に練習用として使用されて
いた程である。
 しかしこれらの潜水艦も、用兵者には必ずしも満足できるものではなく
更に外洋での艦隊に随伴できる、高速で航洋性の高い潜水艦の要求に答え
るべき努力がなされ、この間に試行錯誤の末、積み重ねられた技術は、後
に建造される海大型へと発展して行くのである。
 さて、話は少し先に戻るが、潜水艇が初めて購入された頃の日本海軍で
は、大砲を主力として戦わない艦は、軍艦としてみない風潮があり、魚雷
を主力とする潜水艇に於いてもそれは例外でなかった。そのため潜水艇が
採用され艦艇類別表に記入された時には、水雷艇の種類とされ潜航水雷艇
と呼ばれ独立した軍艦とは別な扱いを受けていた。
 しかし潜水艇隊が編制された翌月の明治38年12月12日、この特性が認め
られて独立した艦種、潜水艇と制定され、又大正5年8月4日には、型式
が多くなったこともあり、排水量により区別され、600トン以上が1等、600
トン以下は2等潜水艇と分類された。さらに大正8年4月1日、潜水艇の大
型化に伴い、従来の潜航艇より潜水艦と改称し、1等は 1,000トン以上2等
は1,000トン未満500トン以上 3等は500トン以下と、再度等級による分類が行わ
れた。
 大正12年6月から等級別に変えて、伊号、呂号、波号の冠称を付けて呼
ぶように改正され、在来の艦名は全てが改称された。大正13年11月の類別
等級改正では海大型、巡潜型などの型式名も制定されて、潜水艦の制式公
称は「00型0号第00潜水艦」となった。
 第一次大戦も終わり世界に平和が戻ったかのように見えたが、損害を受
けることなく戦勝国となり、太平洋に進出の足がかりを得た日本と米国は
互いを敵国と想定し、主力艦建造の競い合いを始めたのである。
 互いに膨張する建造計画は両国の問題のみならず、世界に危機感を与え
るに及び遂に日、米、英、仏、伊国での海軍軍備制限会議がワシントンで
開催されるに至った。この会議により日本海軍の主力艦保有量は、米、英
国のそれに対し、6割りに制限されてしまい、此処において日本海軍の国
防に関する問題はアメリカ一点にしぼり込まれる事になった。
 想定される米主力艦隊の渡洋作戦を阻止するため絶対必要とされていた
主力艦7割の比率を、米、英国の6割に制限されては、いかなる作戦をも
ってしても勝算はなく、日本海軍の防衛策は、まさに危機に曝されたので
ある。この兵力の差を補助艦艇により補い、西太平洋の制海権を確保しよ
うとした日本海軍は、潜水艦による漸減作戦なるものを創意した。
 この潜水艦による漸減作戦とは、ハワイ方面に集結する米主力艦隊の行
動を監視しさらに、出撃があれば機会を狙って反復攻撃を行い米艦隊の戦
力を漸減させ、その後、我が主力艦隊をもって、決戦を挑もうとするもの
であった。それには、艦隊と行動を共に出来る高速で、航続距離が大きく
長期作戦に耐えれる大型潜水艦が求められたのである。
 ワシントン条約での不平等な比率により、苦境に立たされた日本海軍が
この漸減作戦決行のため、造艦技術の粋を集結し建造された潜水艦が、海
大型や巡潜型であり、後に続く甲、乙、丙型もすべて、世界に比類ない強
力な艦隊型潜水艦であった。

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潜水艦の系列

 日本海軍では、大正13の年類別等級改正により、艦型による呼称が制定
され艦名に併せて「海大1型 伊号第51」潜水艦と呼ばれたが、昭和13年
の改正により廃止され、同型艦の代表艦名を用いる方式に変更された。こ
れにより制式には「伊16型 伊号第18」潜水艦とするのが正しい、しかし
巡潜型や甲、乙・・・型などの呼称は、今でも文献などで使用されており
親しみもあるのでこの型式により、日本の潜水艦を系列化してみた。

@ 外国からの購入か又図面購入により日本海軍で建造された潜水艦。
 ホーランド型(1型)
             第1、2、3、4、5潜水艦 5隻。
 ホーランド型改(6型)
             第6潜水艦、第7潜水艦 2隻。
  計7隻は竣工時、第1潜水艇〜第7潜水艇と命名。大正8年、潜水艇
  は潜水艦に改名された。
 C型 (波1型)
             波号第1、第2潜水艦 2隻。
 C型改(波3型)
             波号第3、第4、第5潜水艦 3隻。
  計5隻は、竣工時、第8、9、10、11、12潜水艇と命名。大正8年潜
  水艦に改名後、大正12年さらに、波号第1、第2、第3、第4、第5
  潜水艦に改名された。
 C型改1(波7型)
             波号第7、第8潜水艦 2隻。
  竣工時、第16、第17潜水艇と命名。大正8年、潜水艦に改名後、大正
  12年、波号第7、第8潜水艦と改名。
 S型 (波9型)
             波号第9、第10潜水艦 2隻。
  竣工時、第14潜水艇、第15潜水艇と命名。大正8年、潜水艦に改名後
  大正13年、波号第9、第10潜水艦に改名。
 F1型(呂1型)
             呂号第1、第2潜水艦 2隻。
  竣工時、第18、第21潜水艦と命名。大正13年、呂号第1、第2潜水艦
  に改名。
 F2改(呂3型)
             呂号第3、第4、第5潜水艦 3隻。
  竣工時、第31、32、33潜水艦と命名。大正13年、呂号第3、第4、第
  5潜水艦に改名。
 L1型(呂51型)
             呂号第51、第52潜水艦 2隻。
  竣工時、第25、第26潜水艦と命名。大正13年、呂号第51、第52潜水艦
  に改名。
 L2型(呂53型)
             呂号第53、第54、第55、第56潜水艦 4隻。
  竣工時、第27、28、29、30潜水艦と命名。大正13年、呂号第53、第54
  第55、第56潜水艦に改名。
 L3型(呂57型)
             呂号第57、第58、第59潜水艦 3隻。
  竣工時、第46、47、57潜水艦と命名。大正13年、呂号第57、第58、第
  59潜水艦に改名。
 L4型(呂60型)
             呂号第60、第61、第62、第63、第64、第65
               第66、第67、第68潜水艦 9隻。
  呂号第60〜第64潜水艦は竣工時、第59、72、73、84、79潜水艦と命名
  されたが大正13年、呂号第60、第61、第62、第63、第64潜水艦と改名
  呂号第65、第66、第67、第68潜水艦は竣工時よりこのように命名され
  ていた。

A 日本海軍で設計、建造した中型潜水艦。
 川崎型 (波6型)
             波号第6 1隻。
  竣工時、第13潜水艇と命名。大正8年潜水艦に改名後、大正12年、 
  さらに波号第6潜水艦と改名。
 海中1型(呂11型)
             呂号第11、第12潜水艦 2隻。
  竣工時、第19、第20潜水艦と命名されたが、大正13年、呂号第11、 
  第12潜水艦と改名。
 海中2型(呂13型)
             呂号第13、第14、第15潜水艦 3隻。
  竣工時、第23、22、24、潜水艦と命名。大正13年、呂号第13、第14、
  第15潜水艦と改名。
 海中3型(呂16型)
             呂号第16、第17、第18、第19、第20、第21、
               第22、第23、第24、第25潜水艦 10隻。
  竣工時、第37、34、35、36、38、39、40、41、42、43潜水艦と命名。
  大正13年、呂号第16、17、18、19、20、21、22、23、24、25潜水艦
  と改名。
 海中4型(呂26型)
             呂号第26、第27、第28潜水艦 3隻。
  竣工時、第45、58、62潜水艦と命名。大正13年、呂号第26、第27、
  第28潜水艦と改名。
 特中型 (呂29型)
             呂号第29、第30、第31、第32潜水艦 4隻。
  竣工時、第68、69、70、71潜水艦と命名。大正13年、呂号第29、第30
  第31、第32潜水艦と改名。
 海中5型(呂33型)
             呂号第33、呂号第34潜水艦 2隻。
 中 型 (呂35型)
             呂号第35〜第50、第55(二代)、第56(二代)潜
             水艦 18隻。
 小 型(呂 100型)
             呂号第 100〜第 117潜水艦  18隻。
 潜輸小型(波 101型)
             波号第 101〜第 112潜水艦  12隻。
 潜高小型(波 201型)
             波号第 201〜第 247潜水艦  47隻建造。
  波号第 201〜 第205、波号第 207〜第 210、波号第 216 の10隻が
  完成された。
 試作水中高速潜水艦17号
  実験艦として昭和13年竣工、昭和16年解体。

B ドイツの技術導入により建造された大型潜水艦。
 機雷潜型(伊 121型)
            伊号第 121、第 122、第 123、第 124潜水艦
             4隻。
  竣工時、伊号第21、第22、第23、第24潜水艦と命名。昭和13年6月
  1日、伊号第 121、第 122、第 123、第 124と改名。
 巡潜1型 (伊1型)
             伊号第1、第2、第3、第4、第5潜水艦
             5隻。
 巡潜2型 (伊6型)
             伊号第6潜水艦 1隻。
 巡潜3型 (伊7型)
             伊号第7、伊号第8潜水艦 2隻。

C 日本独自の設計による大型潜水艦。
 海大1型 (伊 51型)
             伊号第51潜水艦 1隻。
  当初第44潜水艦として建造されたが大正13年伊号第51潜水艦と改名
 海大2型 (伊 152型)
             伊号第 152潜水艦 1隻。
  当初第51潜水艦として建造中の大正13年、伊号第52潜水艦に改名、
  昭和17年5月20日、さらに伊号第 152潜水艦と改名。
 海大3型a(伊 153型)
             伊号第 153、第 154、第 155、第158潜水艦
             4隻。
  当初 伊153は第64潜水艦として建造中の大正13年、伊号第53潜水艦と
  改名、さらに昭和17年5月20日、伊号第 153潜水艦に改名。
  後の3隻は竣工時、伊号第54、第55、第58潜水艦と命名されたが、
  昭和17年、伊号第 154、第 155、第 158潜水艦と改名。
 海大3型b(伊 156型)
             伊号第 156、 第 157、第 159、第60
             第63潜水艦 5隻。
  竣工時、伊号第56、第57、第59、第60、第63潜水艦と命名。
  昭和17年5月20日改名。伊号第60、第63潜水艦は改名前に喪失。
 海大4型 (伊 61型)
             伊号第61、第 162、第 164潜水艦 3隻。
  竣工時、伊号第61、第62、第64潜水艦と命名。昭和17年5月20日改名
  伊号第61潜水艦は改名前に喪失。
 海大5型 (伊 165型)
             伊号第 165、第 166、第67潜水艦 3隻。
  竣工時、伊号第65、第66、第67潜水艦と命名。昭和17年5月20日改名
  伊号第67潜水艦は改名前に喪失。
 海大6型a(伊 168型)
             伊号第 168、第 169、第70、第171、第172、
             第73潜水艦  6隻。
  竣工時、伊号第68、第69、第70、第71、第72、第73潜水艦と命名。
  昭和17年5月20日改名。伊号第70、第73潜水艦は改名前に喪失。
 海大6型b(伊 174型)
             伊号第 174、第 175潜水艦 2隻。
  竣工時、伊号第74、第75潜水艦と命名。昭和17年5月20日改名。

D 無条約時代に建造された、完成期の潜水艦。
 海大7型 (伊 176型)
             伊号第 176、第 177、第 178、第 179、
               第 180、第 181、第 182、第 183、
               第 184、第 185潜水艦 10隻。
  伊号第76潜水艦のみ建造中の昭和17年5月20日改名。伊号第 177潜水
  艦、以降は昭和17年5月20日の改名後、竣工。
 甲  型(伊1型)
             伊号第9、第10、第11潜水艦 3隻。
 甲型改1(伊12型)
             伊号第12潜水艦 1隻。
 甲型改2(伊13型)
             伊号第13、第14、第15(二代未成)、第1(二
             代未成)潜水艦の4隻。
 乙  型(伊15型)
             伊号第15、第17、第19、第21(二代)、第23
             (二代)、 第25 第26、第27、第28、第29、
             第30、第31、
             第32、第33、第34、第35、第36、第37、第38
             第39潜水艦 20隻。
 乙型改1(伊40型)
            伊号第40、第41、第42、第43、第44、第45潜水
             艦 6隻。
 乙型改2(伊54型)
            伊号第54、第56、第58潜水艦 3隻。
 丙  型(伊16型)
            伊号第16、第18、第20、第22、第24、第46
            第47、第48潜水艦 8隻。 
 丙型 改(伊52型)
            伊号第52、第53、第55潜水艦 3隻。

E 特別な目的で建造された潜水艦。
 潜補型(伊 351型)
            伊号第 351潜水艦1隻。伊号第352潜水艦は未
            成工程90%。
 潜輸大.丁型(伊 361型)
            伊号第 361、第 362、第 363、第 364、第 365
            第 366、第 367、第 368、第 369、第 370
            第 371、第 372潜水艦 12隻。
 潜輸大.丁型改(伊 373型)
            伊号第 373潜水艦 1隻。伊号第 374潜水艦
              は未成、工程40%。
 潜特型(伊 400型)
            伊号第400、第401、第402潜水艦 3隻。
            伊号第404 潜水艦は未成、工程95%。
 潜高型(伊 201型)
            伊号第201、第202、第203潜水艦 3隻。
            第204、第205 第206、第207、第208潜水艦
            5隻。未完成

F 特殊潜航艇と特攻兵器
 甲標的 甲型        36隻建造。
 甲標的 丙型        40隻建造(乙型3隻を含む)。
 甲標的 丁型「蛟龍」    110約隻建造。
 回天 1型         420基完成。
 回天 2型         200基完成(本体部のみ)。
 海龍B金物又SS金物    110隻完成。

  これが日本海軍が購入又建造した潜水艦の全てである。このほかに
 ドイツから譲渡された潜水艦や戦利潜水艦など7隻があった。
 尚、珍しいのは陸軍が建造した輸送専門の潜水艦もあった事である。

      次ページ  第二章 潜水艦の建造

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