(四)回天特攻天武、多聞隊
昭和20年4月末、潜水艦隊の強い要望に、連合艦隊司令部は2隻の潜水
艦を試験的に、洋上で自由に作戦することを許した。その第一陣「回天」
特攻天武隊は予期に反せず見事な戦果をあげ無事帰還した。この事は、以
後の行動を潜水艦隊に一任する事となり、最後の回天特攻多聞隊まで続い
た。その奮闘振りを、当時の艦長が綴った記録の中から、幾つかをひも解
いていこう。
@ 「回天」特攻天武隊
昭和20年4月20日、伊号第47潜水艦、23日に伊号第36潜水艦と相次いで
2隻の潜水艦が、各々6基の「回天」を搭載し光基地を出撃した。この2
艦はともに連合艦隊司令部から解き放され、自由に洋上で行動できる事に
なった「回天特攻」天武隊である。
3日遅れで出撃した伊36潜は、サイパンと沖縄を結ぶ敵の交通路を目ざ
し進撃、早くも4月27日黎明、沖縄に向う大船団と遭遇した。菅昌艦長は
直ちに「魚雷戦、回天戦用意」を下令、七千メートルまで接近、護衛され
た船団にこれ以上近づくのは危険と判断、魚雷発射と続いて「回天」4基を
発進。後、海中に身を潜ませること数分、魚雷到達秒時を計り潜望鏡深度
に浮上、素早く洋上を注視、すると物凄い水柱と火焔が遠望、大音響がつ
づいて起こった、その爆発振動は艦を震わせ戦果の大きさを物語っていた。
この戦闘で、八木悌二中尉 阿部英雄二曹 松田光雄二曹 海老原清三郎
二曹の回天搭乗員4名が、大型輸送船撃沈の戦果を挙げ散華して逝った。
伊36潜の寮艦伊47潜は、前年の7月に竣工したばかりの新鋭艦で、艦長
折田少佐は、既に3回の出撃を無事帰還させた熟練の猛者である。回天搭
乗員は前回の多々良隊で出撃、対潜機やしけ続きに見舞われ損傷、好機に
恵まれず、発進できなかった時の面々であった。
伊47潜は前回の戦訓から、魚雷、回天戦を即、戦えるよう豊後水道抜け
る前に万全を期し、ウルシー環礁と沖縄を結ぶ線上に進出した。光基地を
出撃してから十日目の5月1日夜、「敵発見、影多数」電探員の声が飛ぶ
潜望鏡から見る洋上は時化模様で真っ暗闇だ、回天の特眼鏡では測的不能
と判断した折田艦長は「魚雷戦用意」を発令。「回天を使って下さい」と
懇願する搭乗員を「これでは無理だ、機会はまだある」となだめ潜望鏡に
目をやる艦長は「魚雷を射つ、静かに持ってゆけ〜」「これ 輸送船距離
4000」「発射管数4、魚雷深度3、発射始め」と矢継ぎ早に下令。すこし
間を置いて「用意、テーッ」4つの発射音、艦内に静寂がはしる、到達秒
時を計る水雷長、3分経過、潜望鏡に火柱が映った、一本、二本、二発命
中、続いて右側で別の火柱が上がった。2隻に3発命中、一隻は沈没確実
と判断、戦場を離脱した。
その余韻が残る、明て2日0090(午前9時)すぎ、聴音室より「音源補足」
つづいて「音源多数、輸送船団らしい」との報告、艦長は「回天戦用意」
と「搭乗員乗艇」を下令。搭乗員は各艇に急いで向う、「頑張って下さい」
「お世話になりました」と別れの挨拶を交わした搭乗員は、交通筒を潜り
回天の下部ハッチを開き中に乗り込んだ。艦長より一、二号艇「発進用意」
と敵目標の情報が伝えられ、最後に「しっかり頼むぞ」との艦長の声に、
「有難うございます」と返礼を残し、接続が断たれた。やがて、柿崎中尉
の一号艇と三号艇山口一曹の艇が発進、前後して2回の爆発音は2隻の敵
艦船に命中したことを伝えた。
「やった」と喜ぶ間もなく「艦二(フタ)、スクリュー音近づく」「駆逐艦
らしい」聴音員の声、「二号艇発進用意」折田艦長は古川艇に下令する、
「二号艇発進用意よし」の返答に「目標敵駆逐艦、しっかりやってくれ」
「二号艇発進」を命じた。固定索の外れる音に、古川艇は快調な熱走音を
残し敵艦めがけ突進していく、聴音室で3つの音源を捉えていた、音源は
入り乱れながら、遠ざかり又近づいてくる。回天が逃げ回る駆逐艦を全力
で追いかけている様子が聴音室で聴き取れた、数分おいて、二つの音源が
重なった、突入!間をいれず爆発音と衝撃波は艦を揺さぶった。「命中」
やがて、聴音室より「艦一(ひと)、スクリュー音遠のく」一隻の駆逐艦は
遁走していった。
さらに、伊47潜は沖縄とグァムとを結ぶ敵の補給路を狙って進撃、6日
朝、電探に反応あり、すぐさま潜行し潜望鏡で視認。敵巡洋艦だ、回天戦
と魚雷戦の併用を発令、回天5号前田艇を発進、回天突入と同時の爆発音
に、敵艦の轟沈を確信。
この出撃で回天搭乗員、柿崎実中尉 前田肇中尉 古川七郎上曹 山口
重雄一曹の4名が郷里を偲び肉親を思い、敵艦に突入散華して逝った。
天武隊の戦功は、大本営より臨時ニュースで発表された。「我が潜水艦
隊の2隻は、太平洋上で作戦行動中、敵巡洋艦1隻、駆逐艦2隻、大型輸
送船5隻撃沈、ほか3隻を撃破せり」と言うものであった。
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A 多聞隊、伊号第58潜水艦
伊号第58潜水艦が、米重巡インディアナポリスを撃沈していた事実を、
戦後の調査で知った米海軍は、被害が大であったとして、昭和20年12月、
重巡インディアナポリスの艦長マクベイ大佐を軍法会議にかけ、伊58潜の
艦長高橋少佐をも証言台に立たせた。結果は、高橋大佐の「米重巡は対潜
行動をとってなかった」との証言により、マクベイ大佐は職務を怠ったと
され、懲罰を受けることになったが、しかし、この裁判の真意は別なとこ
にあった。
米海軍には大きな疑問があったのだ、もしかして伊58潜が、情報を傍受
し、インディアナポリスの行動を、事前に知ってたのではないかと、機密
の漏洩は、情報部にとって重大なことであった。調査委員の尋問は執拗に
続けられたがが、高橋艦長の詳細な証言は、米海軍を納得させるには十分
であり、艦長はそれ以上の責めを負わされる事はなかった。
この事は、広島と長崎に投下された原子爆弾を運搬した、米重巡を沈め
た潜水艦として、戦後、消沈した日本国民の溜飲を下げる意味において、
一躍、人の知れるとこになった。
伊号第58潜水艦は、昭和19年9月に乙型29隻の最終艦として竣工。戦訓
により対水上用22号電探を装備、最初から回天搭載設備が設けられた新鋭
艦である。昭和20年7月18日、「特攻」多聞隊の回天6基を搭載、瀬戸内海
に面した平生基地(山口県)を出撃した。艦長高橋以行少佐は、豊後水道を
抜けると会敵の公算高い、敵の洋上補給線上を目ざし南下した。
出撃して10日め、電探に感度あり、やがて大型タンカーと駆逐艦と判明
2基の回天を発進させたが、スコールに妨げられ、爆発音を聞いたのみで
目視できなかった。(後日、駆逐艦1隻撃沈と判明)
次いで伊58潜は、パラオ、グァム、レイテ、沖縄を結ぶ海域で、艦船の
往来が最も多い敵の補給線を叩こうと、東カロリン諸島方面に向かい、課
電(充電)しながら洋上走航で進んだ。艦内は、まるで蒸し風呂のように暑
い、乗組員はよくそれに耐えていた。そしてこの日、昭和20年7月29日、
日没とともに潜行に移った。敵のレーダーによる先制攻撃を避けるためで
ある、我が方の電探性能は最大探知距離一万二千メートルにすぎず、光学
兵器と見張り員の眼力を自負した夜戦も、進歩した米軍の電波兵器のまえ
に完全に封じられていた。
午後11時頃、月の昇る時に合わせ、潜望鏡深度で洋上を視察、傾く月は
海面をキラキラ光らせ、攻撃に十分な明るさを照らしていた、更に電探は
敵機を探る、反応なし。「浮上する、メインタンク・ブロ〜」艦長の令に
静かに浮きでた艦橋に航海長が駆け昇る、続いて信号長、見張り員が上が
り、すばやく97式12cm双眼望遠鏡にとび付く。洋上航行することしばし、
と、見張り員が突然「左前方に何か見える」と叫んだ、航海長がそっちに
目をやる、月明りの水平線に、浮彫りされた艦影らしい黒点一つ、艦長は
直ちに「潜行!」を下令、再び潜行に移った。
潜行しながらも、艦長高橋少佐は黒点をしっかりとらえている、黒点は
次第にハッキリし艦影を現してきた。「敵艦だ!」さすが日本海軍の見張
り員の目は優秀だ、薄暗い月明りの中、一万メートル以上の距離で、敵の
レーダーより先に発見していた。「魚雷戦用意」に続き「回天用意」も発令
された。敵艦はまったく気づかず、対潜警戒のジグザグ航行もしないで、
こちらに向かい真っ直ぐ進んでくる、周りに護衛の艦艇もいない。
そのうち艦橋が確認できる距離までになった、かなりの大型艦だ。高橋
艦長は「回天」を万一を考え準備させたが、この明るさでは、性能の低い特
眼鏡(潜望鏡)を備えた回天では、命中を望めない、通常魚雷戦で敵を射止
めてやろうと決心していた。
約四千メートル位の地点で、敵は進路を少し変えた、真上を突っ切られ
る恐れがなくなった、むしろ好射点に進んでくる。艦長は潜望鏡で標準を
合わせながら「魚雷発射管6 発射始め」次いで目標の敵速、方位角、距離
を測定、諸元を調定させる。艦橋に狙いをつけ、距離千五百メートルまで
接近する、ときは、7月29日1326(午後11時26分)「よぅ〜い テッー」艦長
の号令一下、一斉射6本の魚雷は、2秒間隔で発射され、扇型に開きなが
ら敵艦めがけ突進していく。
艦内の静寂を高橋艦長の声が破った「命中、命中だっ」、潜望鏡を覗く
艦長の眼に、命中の様子が手に採るように映った。一発目は、一番砲塔の
真下から大きな水柱を上げた、等間隔を置いて二発、三発目が命中、それ
ぞれ二番砲塔、艦橋の近くから水柱と真っ赤な火炎を吹き上げた。その、
光景を第二潜望鏡(航海、夜間用)を上げ、司令塔配置の乗員に覗かせた。
それから少し経って、三発の爆発音が響いてきた。次発魚雷装填のため
一まず潜行、潜望鏡を上げて視たとき、敵艦の姿は既に洋上にはなかった。
高橋艦長は撃沈を確信、艦隊司令部宛打電した。
「ワレ伊58潜 ヤップ島北西方 北緯12度02分、東経 134度48分ニオイテ
アイダホ型戦艦ヲ撃沈ス。(事実はインディアナポリス)」
日本潜水艦史 完
資料提供下さった方々に感謝するとともに、
今大戦で散華された英霊に謹んで哀悼の意を表します。
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